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湘南サーフィン物語

湘南はサーフィンの発祥地

湘南海岸で海水浴が始まってから120年になりますが、それにつぐ大変化と言える。
しかも海水浴は夏だけのスポーツであるが、サーフィンは四季を通じて行われる。
かくて湘南は日本におけるサーフィンの発祥地、そのメッカとなった。
ところで、サーフィンが導入されるまでにこれに似たようなものがなかったのであろうか。実は戦前から「波乗り」が行われていたということを思い出す人も多いのではないかと思う。
これには人間の体だけで波に乗る「素乗り」と波乗り板を使う「板子乗り」といったものがあった。
「素乗り」の方は人間の体だけで波に乗るというものであり、ハワイなどではボディーサーフィンと呼ばれているものだ。
現在では、プラスチック製のボディボードと呼ばれ主流になっている。
ボディボードは厚さ2〜3センチ、幅30センチ、長さ60センチで丸い手かけ穴があった。

現在、湘南といえばサーフィンと答えて誰も反対意見はないであろう。それほどに季節を問わず湘南の海を見渡せばサーフィンやボディボードを楽しむ人々で賑わっている。

● サーフィン湘南の地理的優位性 

サーフショップの増加はサーファーの増加に伴うと推測されるが、その原因はやはり湘南が都心部に近く、交通の便が良いということにあると思われる。
湘南の場合はアクセスがしやすいという地理的条件のために人が集まり、ショップが増加し、現地のサーフショップで軽装のまま出かけても物品の調達をすることが可能であり、ショップで技術指導を受けることも可能であるという条件からさらに人が集まるという、集客の循環構造が形成されたと考えることができる。
情報に引っ張られるサーフィン人気、さらに、60年代後半から70年代のサーフィン関連記事を分析すると、圧倒的に湘南の記事が多く、続いて千葉があり、関西は非常に少なくなっている。これは当時の出版事情が東京中心であったことにも原因があるが、流通する情報が圧倒的に多かったということもまた、湘南へのサーファー集客を増加させた原因の一つである。
実際、70年代の後半、サーファーはどのくらいいたのであろうか。 1976年の日本プロフェッショナル・サーフィン連盟のデータによれば、
当時のサーフィン人口は約15−20万人と少なく、スポーツとしてはマイナーな存在だった。しかし、余暇開発センターの『レジャー白書(1976年)』によれば、サーフィンは「今はしていないスポーツで、将来したいと考えているもの」の上位にランクインしており、情報が先行しサーフィン人気を引っ張っていったと考えられる。
1976年後半から1978年頃にはウエストコーストファッションが全盛期を迎え、その末期から1976年にかけてはよりスポーツ性の高いサーファーファッションがはやり、ファッションが占める割合は先行する情報のなかでも非常に大きかったということが想像される。
このような状況下で進行したのが、スポーツであるサーフィンそのものがファッション化していくという現象だった。

● 急増する女性サーファー

女性サーファー人口は20〜30歳代のOLを中心に急に増加している。10年前には男性9に対して女性1の割合でしかなかったサーフィン人口は現在においては7対3の割合になっている。
地元をはじめとして東京、埼玉といったところからも湘南に多くの人が押し寄せ、サーフショップでホードを借りて海へトライに行く。
女性ファンを増やす要因はこの手軽であるようである。
10代より20〜30歳代のOL層に広がっており、冬場の平日でもトライする女性が増加している。健康、ダイエットのためにと50〜60歳代の中高年女性も増加し、ブームに火がついたという状態である。女性が増加するというのは男性サーファーが増加するという”相乗乗効”も生まれている。 女性サーファーが増加した背景には、雑誌、テレビといったメディアの影響が大きいとされている。昨年、主人公が女性サーファーである米国映画が日本でヒットしたということもひとつのきっかけであると見られている。 
また、サーフホードを大手ブランド企業が作るなど業界に進出し、今までにはなかった女性サーファー向けの専門誌も次々に創刊され、ファッション的志向から始める女性が多くう。湘南は都内から交通便もよく、お洒落なカフェも多いため、女性に好まれている。
国内外で女性サーファーのためのコンテストも増加している。日本サーフィン連盟(NSA)が主催する全日本コンテストや、毎年、秋に開催される平塚市長杯サーフィンコンテスト、茅ケ崎市長杯アマチュアコンテストにも女性サーファーの参加が増加している。 
地元や東京、埼玉などからゴールデンウイークを境に、たくさんのサーファーが湘南に押し寄せてく。江の島から茅ケ崎までは遠浅で安全であるので、ビギナーでも十分に楽しむことが可能なポイントになっている。とくに藤沢・鵠沼は、交通の便がよく、夏場は都内からの女性たちで賑わう。 
かつて「電車サーファー」というサーフポードを抱えた人が流行しましたが、現在はサーフショップがレンタルする。ただ、ほとんどの女性はいきなり海ヘということではなく、サーフショップのスクールを受講してから海に入る。危険なスポーツであると認識しているのか、インストラクターの指導で練習する風景をあちこちで見ることが可能である。
男性である場合、自分でボードを購入し、我流で覚えるということもあるが、女性はスクールに入る人が多くう。
ほとんどの湘南地区のサーフショップはスクールを開講しているので、海に入りやすい条件がどこよりも揃っている。
スクール教室を開催した教室では昨年、女性が参加者の8割を占めたという。予約で満杯の状況が続き、夏場は毎日のようにスクール開講という盛況ぶりだった。
受講には地元や都内・八王子など多方面から訪れた。年間通してやる女性と、夏シーズンだけの女性とに分かれたという。
年齢は幅広く、10〜30代まで比較的若い層がスクールを訪れた。店を訪れる女性は20代が一番多く、10代、30代が少ないである。
ロングボードを使用する女性が増加し、うまくなるに従ってショートボートに変化していく。ロングボードは波をつかまえることが容易であり、安定性に優れているというのが特徴である。
ショートボードをやりたいという女性も少なくない。

● サーフィンの魅力

まさにサーフィンの魅力に取り憑かれたようなると「波に乗った瞬間、今までに味わったことのないような快感があるんです」と言う。 
「共通の趣味が持てるということもサーフィンの良さである。サーフィンは他のスポーツにはない楽しさと危険さが表裏一体になっている。
1回やれば、その魅力に取り憑かれてしまう。サーフィンは楽しさと怖さの両面を持ち合わせている。」「女性は男性と比較して、腕の力が弱いためバドリングで苦労する。
高い波を乗り越えることができず、波に飲み込まれたことや、ポードで顔を傷つけたこともあったが、波の上に乗っていると、とても不思議な感じがする。
何ものにも代え難い魅力がある。」「男のスポーツという既成概念がありますが女性が挑戦的になっているし、活発にもなっている。以前であれば、サーフショッブで相手にされることもなかった。しかし、今は男性、女性関係なく平等に接してもらうことができるし、楽しむことが可能な環境が整ってきていることも女性が増えている原因のうちのひとつであると考えられる。」 
「すごい爽快感が海からあがったあとにある。スポーツには疲労感があるが、サーフィン限ってはそれがなく、とても爽やかである。いつも、海に入って良かった! 
という思いがある。」 夏冬関係なく年中、海に入る。夏より冬の海の方が、「やりやすい」と言われる。トップシーズンの夏はどのポイントでも混雑するのでとても危険である。
密集した中では、他人を傷つける可能性もあるし、自分も傷つけられる可能性もあるので、練習するには冬場を選んだ方がベターである。 

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